挑戦を形にする行動力と、人を受け止める柔らかさで築く、カンボジアとの懸け橋
未経験の仕事にも「まずやってみたい」と飛び込んでいく、好奇心が原動力のKang(カン)さん。これまでのキャリアでも数々の挑戦を形にしてきたと言います。
そんなKangさんは、カンボジアから単身で日本に渡り、環境を変えながらキャリアを歩んできました。取材中、挑戦の話をする時も終始柔らかい語り口だったのが印象的でした。「やってみたい」を実現させる行動力と、人の気持ちに寄り添う柔らかさ。この二つの資質が、これからのキャリアにどう活きていくのかを紐解きます。
ー日本に興味を持ったきっかけと、来日までの経緯を教えてください。
高校生の時、学校にボランティアで訪れていた日本人の方から、日本の歴史や文化、経済成長について教えてもらったのが来日のきっかけです。戦争で大きな被害を受けた国が、あれほど急速に経済成長を遂げたのはなぜなのか、その理由が知りたかったというのもありますし、写真で見た東京の風景にも興味を惹かれました。
高校を卒業してすぐ、友人数名と一緒に「日本に留学したい」とそのボランティアの方に相談しました。裕福な家庭ではなかったので、留学に必要な保証人や費用の面でとても苦労しましたが、校長先生をはじめ色んな方が力を貸してくださり、半年分の学費を先に納めることで、なんとか来日の道が開けました。
ー来日後はどのように過ごしていたのですか?
最初は岡山で2年間、日本語学校に通いました。カンボジアには冬がないので、初めて見る雪にはとても驚きましたね。学校に通いながら、精肉工場で2年間アルバイトもしていました。
その後は写真で見た憧れの東京に移り住みました。3年間経済系の専門学校に通った時点で在留期間が5年になり、一度帰国することになりました。ボランティアの方には「日本で学んだことを、今度は自分の国のために活かしてほしい」と言われていたので、帰国後は日本企業の食品加工工場に就職しました。
ーカンボジアに戻ってからのお仕事と、そこでの挑戦について教えてください。
日系の食品製造会社で、事務全般を担当しました。当時その工場は日本向けの製品を作っていたのですが、工場の社長に「カンボジア国内での販売にも挑戦させてほしい」とお願いしたんです。それまでやったことのない仕事でしたし、うまくいくかどうかは全くわかりませんでしたが、社長も『失敗してもいいから』と背中を押してくれました。
結果として大きな成果には繋がりませんでしたが、それまで自分がやったことのない領域に手を挙げて挑戦できたこと自体が、大きな経験になりました。
ーその後来日してトクティーで働くようになったのはどうしてですか。
新型コロナウイルスの影響で日本との流通も止まり、勤めていた会社がなくなってしまったのですが、日本との縁は切りたくなかったので、思い切って再来日することにしました。
しばらくは、カンボジアの人材を日本に紹介する機関で働いていましたが、もっと新しい挑戦ができる環境を求めて転職しているときにトクティーを知りました。コーディネーターの実務経験はありませんでしたが、カンボジアと日本の懸け橋になる仕事に魅力を感じてチャレンジしたいと思いました。
ー現在のお仕事の内容と、やりがいを感じる瞬間を教えてください。
求職者の募集から、履歴書作成のサポート、企業様との面談調整、マッチング、そして就業後のビザ更新や生活サポートまで、幅広く担当しています。
一番嬉しいのは、自分が担当した候補者の方が内定をもらえた瞬間です。求人票と候補者の希望条件を丁寧に照らし合わせ、よりマッチングの可能性が高い選択肢をアドバイスできるようにしています。日本での生活が長いからこそ分かる、地域や業種ごとの実情を伝えられるのは自分の強みだと思っています。
候補者の方によりよいサポートをしたいという思いから、休日にはカンボジア出身の候補者向けの日本語教育方法を自分なりに研究しています。日本語が理由で面接になかなか進めない人たちの力になれたらと思っています。
ートクティーで働く魅力を教えてください。
トクティーは、周りのメンバーも外国人が多いので、日本での生活や文化で戸惑うことをお互いに理解し合えますし、先輩たちが積極的に教えてくれる、話しやすい環境だと感じています。
もし同じカンボジア出身の方を誘うとしたら、『社会人として、人としても成長できるよ』と伝えたいです。人との向き合い方や、チームで成果を出す考え方も学べますし、AIなどの新しい技術にも積極的に触れられるなど、自分の視野を広げられる素敵な会社です。